ビッグ対談 ジャーナリスト 小林 至氏 |
竹村 東大からプロ野球球団・ロッテに入団。東大生からプロ野球選手誕生ということで、当時、毎日のように報道番組やスポーツニュースに出ていたね。さすがにプロ野球ではメシは食えなかった。
小林 (笑い)はい。
竹村 その後、コロンビア大学経営学大学院を出て、アメリカのケーブルTVの会社に勤めたけれど、会社に盾突いてクビになった。いまは日本でジャーナリストをしているけれど、最近、『僕はアメリカに幻滅した』(太陽企画出版刊)という本を出された。結局、あなたはアメリカでは何年暮らしたの?
小林 6年です。
竹村 観光旅行でアメリカに行った日本人は大変多いけれど、あなたはアメリカという国と現実に肌で接してきた。そうしてアメリカに幻滅した、と。まず、どういう理由で?
小林 最も感じたのは、貧富の差の激しいことですね。これはよくいわれている話ですが、それに加えて庶民がなかなか上のクラスに上がれない目に見えないシステムができている。ぼくはこれを“機会の不平等”と呼んでいますが、それをはっきり感じました。
逆にアメリカでは、やはり頑張ったやつにはそれ以上のおいしいものを受け取る権利を与えるべきだ、と。だがそれには、“結果の不平等”はあっても“機会の平等”は用意しないといけない、という前提に立ってなされているからだと思っていた。
ところがあなたは、そんなことはない。アメリカには“機会の不平等”は存在すると感じたのね。
小林 それを感じたのは、コロンビアの大学院に行っているときですね。実は中流家庭といいますか、いわゆる庶民がアメリカの私立大学の大学院に行っているのは、日本人くらいなものなんです。
竹村 あっ、そうなの?
小林 東南アジアやラテンアメリカ、それからアフリカ諸国、いろいろな地域から留学生が来ているのですが、そういう人たちは大富豪の子弟か、国を背負って来ているような人たちばかり。アメリカ人にしても、相当な収入のある家庭の息子、娘たちでした。
竹村 いってみれば、将来、世界各国でエリートとして生きていくような人ばかりが、たとえばコロンビアの大学院にゴロゴロしている、と。
竹村 確かに高い。でもアメリカでは奨学金が充実しているでしょう。
小林 奨学金の種類は多いですね。たいだい年間500〜3000ドルまで幅広くいろいろあります。しかし、たとえばコロンビアでは学費と生活費、その他もろもろの教材費をあわせて年間約4万ドル(約480万円)も必要となります。10%にも満たないので、とても奨学金でカバーしきれません。
一方、アメリカ人の賃金生活者の平均所得は約3万ドル(約360万円)といわれていますから、とても庶民に手の届くレベルにはない。
竹村 でも考え方としては、コロンビアの大学院で上流階級の友人たちとよい人脈をつくることができたら、社会に出てから、そういう仲間と助け合うことができるよ。
小林 1度エリートになると、エリート同士でチャンスをグルグル回しているような感じですね。たとえば就職にしても、金融機関ではMBAといえども上位10校から20校までの履歴書しか見ないそうです。自分たちの先輩と後輩とでひとつのサークルができてしまっていて、そのなかに普通の庶民が、たとえば普通の大学を出た人が入るというケースは、まず絶対といっていいほどありません。
小林 それが全くないといったら人々もやる気をなくすでしょうから、例外的にそういう人はいます。片親で、極貧のなかから苦労して、1本の映画の出演料が1000万ドルにまで登りつめたデミ・ムーアのサクセスストーリーなど、向こうでは成功すると桁も違ってきます。
ですから、そうした人が脚光を浴びるのは結構なことだと思いますが、ではアメリカン・ドリームが常に光り輝いていて、皆がそれを目指して頑張っているのかというと、そうでもない。むしろ、アメリカに比べたら額は少ないかもしれませんが、日本のほうがチャンスは多いのではないかと思いますね。
竹村 にも関わらず日本はそう思われていなくて、アメリカはそういう例外的なことが脚光を浴びるから、世界中から「我こそは」と思う貧しい人がアメリカに集まってくる。
小林 (笑い)国としてはそれで活性化されていいのかもしれませんけれどね。日本は、国としての宣伝が下手なんでしょうね。
「搾取されていて、かわいそうだね」
なんていうと、皆が怒り出すんです。
「そんなことはない。おれはこの国に生まれてきたことを誇りに思う」
全員とまではいいませんが、かなりの人がこういいますね。
竹村 おもしろいね。「アメリカは世界一、チャンスも世界一」と洗脳されているんだ。
小林 洗脳というと何ですが、そういう教育は徹底的にされているようです。
竹村 そうして、それを世界中の人も信じているから、いまでもたくさんの人がチャンスを求めてアメリカに行くわけだ。
小林 そういう風に思わせるものとは一体何でしょうね。ぼくなど、むしろアメリカで生活したことによって日本のよさを感じ、日本人に生まれてよかったとつくづく思いましたから。
コロンビアの大学院にいたときに聞いた話ですが、こういう教育を徹底的にされるといいます。
「資源に恵まれ、土地に恵まれ、気候にも恵まれたこの国で成功できないのは、お前が悪いからだ」
竹村 日本では逆に、自分が悪いとは思わずに、「政府が悪い」というね(笑い)。
小林 だから日本とアメリカは半々くらいにしたほうがいいんじゃないかと思いますね。
小林 もうひとつアメリカでやってらんねーや、と思ったのは医療保険ですね。
竹村 アメリカには国民皆保険の制度がないからね。
小林 アメリカはだいたい民間の保険会社の医療保険に入るんですが、保険料は会社と折半で、ぼくの負担は家族4人分で月に約500ドル(約6万円)払っていました。会社と折半ですから500ドルですみましたが、もし全額自腹で出そうと思うと1000ドル以上払わないとならない。
竹村 アメリカには月給10万円ちょっとという人がザラにいるから、そういう人には絶対に払いきれないね。保険料を払うためだけに働くことになる。
小林 しかもそれだけの保険料を払ったからといって、では最高の医療が受けられるかというと、全くそんなことはない。保険会社の決めたホームドクターというのがいて、それを通さないと専門医にも診てもらえないし、何もできないんです。
ぼくは一度中耳炎になったことがあるんですが、悶絶の苦しみですよ。すぐに専門医に行かせてくれ、と電話で頼んだんですがホームドクターが「一度自分のところに来なければダメだ」というので行きました。さっと耳を診て、痛み止めと抗生物質を渡されて「これで何とか」というので、驚いて「専門医はどうするんですか」と聞いたら、48時間以内に保険許可番号というのを保険屋にもらって、初めて耳鼻科に予約が取れるというんです。
日本は国民皆保険で政府がやっているから、いくら赤字を出しても倒産ということがない。そうして、皆が最新の機器を使い、高額の医療も平気でするわけだ。
小林 でもアメリカでは保険に入っていなければ、1日入院しても1000ドル持っていかれますから、盲腸にもなれません。
竹村 その代わり、手術しても入院しないで帰してもらえるな。日本では国がいくらでも保障してくれるから、入院の日数は多いし、薬漬けにされるわで、結局、国の負担が増すだけだ。いままではお年寄りが少なかったから何とかやってこられたけれど、これからはそうもいかない。少しはアメリカ方式でも取り入れないと、この国の医療が成り立たなくなる。
小林 そうするとお金のない人は勝手に野垂れ死にしろ、みたいなことにもなりかねません。やはり、医療や生活のライフラインの部分に、行き過ぎた資本主義は入れないほうがいいのではないか、と。結局、とばっちりは国の大部分を占める一般庶民にいきますから。
ぼくの女房が通っていた英語学校があるんですが、50代の女性講師がある日授業中に倒れました。彼女は非常勤だったので、学校の団体保険に入れなくて、でも自分で保険料を全て負担できないものですから、保険に入らなかったそうです。
だから半年に一度、聴診器を当てるくらいの簡単な健康診断を受けていたらしいんですが、もちろん、そんなもので病気は発見できません。そうして病院に担ぎ込まれたときは、癌の末期でした。それで入院費も負担できないだろうし、末期の癌だから助からないから家に帰れ、といわれて1週間後に亡くなりました。
竹村 取りっぱぐれないように、病院を追い出されたわけだ。それにしても、国は冷たすぎると文句は出ないのかね。
小林 不思議なことに、出ないんです。
小林 日本ですと、ひょっとしたら高校出のほうが下手な大学出よりも生涯賃金が高いことがざらにありますね。向こうでは、高校出と大学出の生涯賃金はだいたい平均で倍の差が出ます。
竹村 大学院に行くともっと差が出る。
小林 高校出の人と比べると約5倍の差があります。
竹村 だから結局、高所得の家庭の子どもが高等教育を受けるチャンスが大きくて、低所得の家庭の子どもはなかなか受けるチャンスがない、と。特に、いい大学はそれが顕著なのね。
小林 それから企業のトップと一般従業員の所得格差は411倍もあります。
竹村 日本では税引き後で7倍くらいというね。
小林 日本とアメリカは両極端すぎるかもしれませんが、だいたい賃金格差は先進国ほど低く、発展途上国ほど激しいといわれます。アメリカの賃金格差は発展途上国すらも超越しています。常識外のところにいってしまっている。
これは家庭と一緒よ。私らが子どものころは家庭でも厳しくしつけられて、オモチャだって簡単に買ってもらえなかった。いまの子どもは財布がたくさんあるなんていわれて、好き放題買ってもらっている。豊かにはなったけれど、では昔の子どもよりありがたいと思って親に感謝して、言いつけを守るかというと、全くそんなことはない。
小林 確かに、そのとおりですね。ただ、ぼくが本を書くにあたって、日本はせっかくほとんどの家庭で中流だと感じられる社会をつくったのに、アメリカみたいな資本主義優先の、効率一本やりの社会を目指すのもどうかな、と思ったことが動機なんです。
竹村 そうかね。私はかえって、こんな天国みたいな国で、それでも文句をつける国民で、果たしてこれからやっていけるのだろうかと心配だよ。
たとえばイギリスは長いこと“英国病”に苦しんだ。イギリスは第2次大戦後、労働党という社会主義政権が誕生した30年ほど前は、国民皆保険どころではない、海外から来た人ですら病気になったら無料で治療をするような国だったのよ。とにかく大きな政府だった。
そして20年ほど前に、保守党のサッチャー首相が誕生して、これからは小さな政府を目指すと表明した。医療にしても、いまではホームドクターに決められた予算が与えられていて、その範囲内で患者を診ないとならない。だから1万人の病人がいても、予算は決まっているわけだから5000人分しか診ることができない、というかたちになっている。だから貧しい人は診察すらしてもらえない。
小林 そういった例を考えると、日本は理想郷をつくったともいえますね。
小林 いまは株が下がっていますが、ビル・ゲイツは一時期、アメリカ国民の下位6割(1億6000万人)の年収全てを合わせても届かない富を持っているといわれました。
一方では、3人家族で年収1万3000ドル以下という貧しい人が300万人近くいると『ウォールストリート・ジャーナル』では伝えていましたが、約3800万人が日々の生活に困っているという国連のデータもあって、どちらが正しいかはわかりませんが、とにかく1人の人間が、これほどまでに富を集中して持っている矛盾みたいなものを感じませんか。ぼくは感じたので、
「もうちょっとビル・ゲイツや他の大富豪から税金を取るようにしたほうがいいんじゃないの?」
なんて話をすると、大部分の人は、「それはフェアじゃない」と答えるんです。不思議で仕方ないんですよ。自分たちは「保険料を払って、家賃を払って、水道光熱費を払うと何も残らないような生活を送っている」と、いつも文句をいっているくせに、「日本は国民皆保険で、皆が助け合っている」といった話をしても、「ふうん」って。
竹村 はっはっは。あなたはアメリカに幻滅したけれど、幻滅しているアメリカ人はあまりいないわけだ。
「君は日本にいなかったから、そういうことがいえるんだ。こんなひどい国はないよ。30〜40代の死因のナンバーワンは自殺なんだぜ」
なんて話をたくさんの人から聞かされました。でも、やはりこの国は世界のどの国よりも生活しやすいと思いますよ。病院に行っても、赤ん坊はタダで診てもらえますしね。
竹村 居心地がよすぎる、というのも考えものだ。上を見たらキリがないというけれど、そういう上流層と、ものすごく下層に大きな差があると、人は頑張る気になるのではないか。ほとんどが真ん中に集中していると、安心しきってしまって頑張る気にもならない。
ただし日本にも、なかにはたくさん儲けている人もいるのよ。そういう人は表には出てこないけれどね。
小林 ああ、社会から叩かれるから?
竹村 アメリカには“目立つ消費”という言葉があるでしょう。島を買って、飛行機を買って、滑走路をつくって、別荘を建てる。沖合いには100人乗りのヨットを浮かべて、大パーティを開くといったことを目標にして、自分もいずれああなりたいと夢見るわけだ。
ところが日本でそういうことをすると、まずマスコミが取材に来て、次に税務署が調査に来て、やがて「こんなにお金が使えるのは悪いことをしたからだ」みたいな書かれ方をして、皆に嫉妬され、散々辛い目に合わされる。これでは目立たないように、静かに生きていく他ないよ。
「日本はすごい国をつくったね。資源も何もないのに、素晴らしいよ」
あまりいわれると、日本人の悪い癖で、かえって恐縮してしまうんですね。自分で自分のことを自慢するのは日本人の特性じゃないんですが、日本に戻ってきて、それがあまりにも自虐的なんで、ちょっと考え直したほうがいいんじゃないの、と。
アメリカ人はこちらから見て、ムリしているんじゃないの、と思うくらい強がります。少しでも弱みを見せると、それが自分の負けにつながるとでも考えているのかどうか、あそこまで真似してほしくはないですが、日本人も少しは自分に自信を持ってもらいたいですね。
竹村 あなたは率直にものをいう人だし、変わり者でもあるね。東大を出て、プロ野球に行くこと自体が変わっている。それくらいの学歴とスポーツを一生懸命やってきたという実績があったら、大企業だって選び放題とまではいかなくても、かなりのところに入れたと思うけれど、企業は自分の肌に合わないと感じた?
小林 自分ではさほど個性が強いと思ったことはないんですが、考えてみれば東大の野球部でも浮いていたし、プロに入ってからも浮いていたし、大学院に行っても…。
竹村 はっはっは。東大でプロに行きたいなんて考えること自体が浮いているし、プロになっても学歴で浮いていたわけだ。新庄タイプ?
小林 (笑い)どうでしょうか。
竹村 普通はそういう人のほうがアメリカは向いているんだけど、そうでもないという実例なわけだ。数少ない変わり者でもある。でも、私はそういう人のほうが実は好きなんだよ。
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