2002年1月27日(日曜日)の朝の悲しかった話です
私は眼科手術学会に出席のため前日から広島に滞在していました
ホテルのレストランで朝食を取っているときにその人に出会ってしまいました
私は一人で朝食を食べに行き、たまたま座った席のとなりの席に居た
女性の二人連れの会話が聞こえてきました。どこに観光に行こうかなぁ。。と言う話の後
『アメリカのテロ事件は犠牲になった家族は犯人に強い怒りを感じるだろうね。。』
そこまでは普通の会話だと聞いていましたが『それに比べたら阪神大震災での
被害者の家族は、犯人があるわけじゃないしあきらめもつきやすいよね。。。』
これを聞いた時に私は思わず「そんなに簡単に言うなよ。」と思いました。
私は神戸の出身です。震災では友人や家族に被害がありました。
そして『あなたの会話で、せっかく忘れていた悲しいことを思い出してしまいました
そんなに簡単にあきらめられるなんて言って欲しくないです』と思わず言いました。
それに対して『私が言ったのは人災と天災では違うと言いたかっただけです』と
『それでも、あなたの言葉を聞いて悲しくなる者があると言う事を考えてください』と
『だからそう言う意味じゃないって言ってるでしょ。』と言い謝罪はしませんでした。
『あなたには想像力が欠如しています。この話を聞いて悲しいことを思い出す人が
いるとは思わなかったですか。あきらめやすいってどういうつもりですか』と言いました
連れのもう一人の女性はすみませんと言って下さいましたが、この人はいかにも不遜な
顔をして『そう言う意味じゃないって言ったでしょ。謝ってるじゃないですか』と
どう見ても心の中では謝っていない態度でした。
おかげでその後しばらくは学会に行っても不愉快な気持ちで一杯でした。
お昼で学会は終了し、その後会場近くの平和記念公園に行き原爆資料館に入りました
資料館を見ながら原爆被害者と震災の被害者とテロ事件の被害者のことが
頭の中でごっちゃになって考えられて、変な気分でした。
どんな場合でも想像力の欠如はいけません。
この事をしたら、(この事を言ったら)どうなるかって考えられたら
非戦闘要員がたくさん暮らす町の上に原爆を落とす気にならないだろうし
普通に生活してる市民に向かって飛行機を突っ込むこともないと思うのですが
診察時にはこう言ったら患者さんが不安にならないか、この説明での
理解の程度はどうなのだろうかと言うことを、想像しながら話すように
気をつけているつもりです。
この話題は書いていても面白くないですね。
最後まで読んでいただきありがとうございましたm(_ _)m
広島で出会ってしまった、心の優しくない女性の話