誤解であったと後日出た記事です。

これ以下は新聞の内容引用です


白内障の薬説明と理解を


茨木 信博(いぱらき  のぶひろ)
日本医科大  千葉北総病院眼科教授


 厚生労働省研究班がまとめた科学的根拠に基づく白内障の診療指針が
新聞で報道されたが、特に治療薬に関して、多くの疑問や質問が寄せられている。
薬物療法の担当研究班員として詳しく説明したい。

 医療に関する情報は膨大で、医師個人で把握することには限界があるため、
医療施設によって格差が生じる。診療指針は、最新最善の情報をまとめ、
これに基づいて診療をガイドするもので、医療施設間の格差をなくし、
医療の質の向上を図るためのものである。

 さて、白内障の原因で最も多いのは加齢で、八十歳代では、ほぼ百%に認められる。
高齢社会にあって、多くの患者にかかわる病気の適切な診療指針が示されることの
意義は大きい。

 白内障は、目のレンズにあたる水晶体が白く濁り、「かすみ」「まぶしさ」を
自覚し、進行すると視力が低下する。視力を回復するには、手術で濁った水晶体
を取り除き、人工の眼内レンズを入れるしか根本的治療法がない。

しかし、薬物治療によって白内障を治したり手術を遅らせたりすることは、誰もが
望むことだろう。 現在、医師が処方できる白内障治療薬は、水晶体のたんぱく質が
変化し濁ることを防止する目的で、開発された。動物や試験管内での実験では、
たんぽく質の変化を抑えることが証明されている。実際の患者に処方するにあたって、
その効果が検証され、認可された。さらに、約二十年前になるが、当時の判断基準によって
再評価を受けており、「有効性がある」と判断された薬物だ。

 では、今回研究班の出した、「白内障治療薬には明らかな科学的根拠がない」という
判断との隔たりはどういうことか、という疑問が生じよう。患者は、これまで有効だと
信じて薬を使用してきたわけで、多大な不安が生じているのも事実である。

  「科学的根拠」の有無は、過去の多くの研究結果を対象に評価される。
「有効性がある」という研究結果が出ても、検討方法に誤りや主観が入っていると
判断されれば、その治療法の有効性には「科学的根拠が低い」あるいは「ない」と評価される。

 「科学的根拠が明らかでない」とされた白内障治療薬が、実際に有効か無効かを
判断するためには、改めて臨床試験を行うなど現代医学の尺度で客観的に検討
しなければならない。我々眼科医療の専門家が、今後積極的に取り組む必要がある。

 今回、「無効とわかっていながら処方し、通院させていたのではないか」との質問が
寄せられている。これは全くの誤解であり、薬効が認められた薬物を処方し、その効果を
みて経過観察し、適切な時期に手術を行うという、これまでの診療形態に何ら誤りはない。

 しかし今後、白内障治療薬の処方に当たってば、医師は薬理作用、薬効に加えて、
科学的根拠が明らかでないことを患者に十分説明する必要がある。
患者は、その説明を理解した上で、薬を使用するかどうか選択して
いただきたい。

 重要なのは、薬の処方がなくても、定期的な通院を決して怠らないようにしてほしい、
ということだ。我々眼科医が最も恐れるのは、適切な経過観察がないせいで、
手術の時期を逃したり、他の重大な病気の発見が遅れたりすることである。

 今回の診療指針は、全症例を画一的に診療することを目的としているものではない。
また診療指針は医療者側だけの情報源ではない。 質の高い科学的根拠や診療指
針を一般に公開することで、病気に対する患者自身の理解が深まり、また治療を自ら
選択するという積極性を生む。医療の質の向上のみならず、患者や地域住民の健康意識の
向上に役立つ診療指針が、今後広く利用されることを望む。
    ◇
 自治医科大学卒。専門は水晶体の細胞科学。日本白内障学会
評議員。45歳。

以上読売新聞 2003.07.11の論点より引用しました。